10月21日(日)オール篠中で

 先週の水曜日10月17日に丹波並木道中央公園で行われた篠山市中学校駅伝競走大会、私のとって最大の喜びの結果となりました。男子は準優勝、女子は優勝、見事としか言いようがありません。生徒数の減少にともない、陸上部だけで駅伝チームを組むのは大変難しくなってきました。7月の総合体育大会終了後に顧問が3年生に呼びかけると、男子は2人、女子は3人が手を挙げてくれました。部活動が終わってゆっくりしたところだと思いますが、5人は夏休みから駅伝の練習に参加しました。5人は相当の理由がない限りは決して休みません。毎日、毎日、あの猛暑の中を走り続けました。いやな顔一つせず、しんどい表情を見せることはありませんでした。二学期が始まっても、朝、放課後、休みの日の練習に真面目に参加しました。「毎日よく頑張るな。えらいな。」と声をかけると、素敵な笑顔が返ってきました。5人の頑張りに陸上部員たちも刺激を受け、中身の濃い練習へと変わっていきました。9月になってうれしいニュース、クラブチームでサッカーをしている3年男子生徒1名も加わりました。
 そして、10月17日の市駅伝大会。6人にとっては初めてのレースです。朝から相当緊張をしていました。しかし、夏休みから真面目にこつこつ練習してきた成果を発揮して、6人とも歯を食いしばって快走を見せました。陸上部員たちも6人に負けじと走り抜きました。私は6人の真面目な取り組みを知っているだけに、涙が出るほどうれしかったです。
 さあ、今週10月24日(水)は県駅伝大会の出場のかかった丹有地区中学校駅伝大会です。今回は男女各1チームしか出場できません。陸上部員と他の部活動から来た3年生6名が相乗効果を生み出し、心を一つにして、「心のたすきリレー」をすることを大いに期待しています。目指すは、2年連続の男女アベック県駅伝出場です。篠中の駅伝は「オール篠中」です!!!みなさんの応援をどうかよろしくお願いします。

 

駅伝練習走り込み

10月21日(日)盛大に春日神社祭礼

 こんなすばらしいお祭りが篠山にあるんです。篠山は京都文化の影響を大きく受けてきました。その一つが春日神社の祭礼です。9台の鉾山、8台の太鼓御輿は豪華で華麗です。観光化された京都の祇園祭りと違って、素朴さ、田舎らしさ、篠山らしさが残っています。中学生も鉾山のお囃子、太鼓御輿の先頭を行く高張り提灯と大活躍をしています。
【春日神社祭礼】

 春日神社の祭礼は、篠山地方の三大祭の一つで、寛文3年(1663)に奉納されたものなど豪華な9基の鉾山、また、 元禄7年(1694)に2基と安永8年(1779)に2基が寄進された基体の金御輿が巡行したり、さらに、8基の太鼓神輿が春日神社の境内の中を所狭しと 練り込んだりと、宵宮、本宮祭の両日とも、城下町篠山は大賑わいとなります。豪華な鉾山はもちろん、金御輿や太鼓神輿の威勢のよいかけ声を聞くと、秋の深まりをいっそう感じさせてくれます。

 丹波は1000年にわたり都の舞台裏から京文化を支えてきました。時に強い京都の影響を受けながら逆に都の文化、創造に欠かせない素材の供給源でもありました。篠山地方には、その風土や歴史の土台の上に京都の祇園祭の強い影響をうけ、華麗な鉾山の賑やかな囃子、そして荘厳な神輿が城下の町並みや黄金の穂波立つ田園を巡行する素晴らしい祭が残されています。

【9台の鉾山】
 三笠、鳳凰、孔雀、高砂、剣鉾、猩々、諫鼓、蘇鉄、鏡
山鉾は当地では鉾山と称されます。又引山、山車、だんじり等との呼び名もあります。
春日神社祭礼の鉾山は9台で京都祇園祭の山鉾を模してつくられています。明治の頃は、屋根の上にそれぞれの鉾山の象徴である鉾をつけて巡行しましたが、明治43年電灯線が街路を横切り以来鉾をつけての巡行が出来なくなりました。お祭の当日、鉾は各町内に飾りつけられています。
【太鼓御輿について】
 太鼓神輿がいつから祭礼に参加するようになったかの明確な記録はありません。古老の言い伝えによりますと、文化、文政の頃(約150年前)王地山焼の陶工が祭例に賑わいをそえるため、かつぎ出したのがその始めといわれています。
尚、文化文政の頃から1947年までは従来5台であったのが1948年に7台、現在では8台になりました。

 

鉾山①

鉾山②

鉾山③

鉾山④

御輿①

御輿②

御輿③

御輿④

御輿⑤

夜店

御輿⑥

御輿⑦

御輿⑧

御輿⑨